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    共同親権の立法に向けて、期待と共に不安定な運用。

    共同親権が法制化に向けて動き出しているようです。数年後には立法されるだろうと見通している人も居るようです。

    私的には悪い方向では無いと考えてます。しかし諸手を挙げて賛成かと言われれば、そうだとも考えてはいません。

    私の共同親権への考え方は以前に少しだけ触れています。今でも基本的な部分は変わっていません。(過去記事はこちらからご覧下さい。家制度から共同親権への移り変わり~

    さて、その後、公私共に欧米諸国からの要請もあり、日本の共同親権への取り組みは急速に進んだと感じています。問題視されているのは、現状維持の法則が強すぎる事から、別居時に子を共にする事で強制と言っても良いレベルで、その時の同居親が親権を得てしまう事から、別居時に他方親権者から子を「連れ去る」事が横行している現実があります。

    この「連れ去る」行為は他国間であればハーグ条約に反しているにも関わらず、国内で「連れ去る」事は肯定されてしまう現実があります。

    この矛盾と言っても良い隙間を埋める必要から、共同親権が法制化される事を大きく後押ししたと感じています。

    しかし、共同親権が法定されたとして、本当の意味で共同親権が実現されるのでしょうか。私的にはかなり懐疑的に思っています。ちなみに協議で離婚が整う場合は限りなく共同親権に近い状態を作る事は少なくない感覚でいます。厳密には共同親権と言うよりは共同監護になるのかもしれません。いずれにしても裁判所が関与した場合の運用とは大きな隔たりがあると考えています。そうは言っても片や当事者が裁判所の利用を望んだ場合には協議を続ける事は実質不可能になってしまうので抵抗のしようがないのが現実なのでしょう。

    現行法に基づいたとしても、裁判所が不可解な運用をしていると考える部分です。
    1)現行法でも離婚が成立するまでの別居期間は共同親権である事。
    2)民法766条の「子の利益」の定義が両の親の関与を前提としてない事。
    3)面会交流の意義が形式的、つまり両の親との交流が軽視されている事。
    少なくとも、この辺りは現行法でも共同親権的な運用が出来るのでは無いでしょうか。裁判所の恣意的な運用が変わらなければ、どのような法律が制定されたとしても、現場は何も変わる事はないのではないでしょうか。

    また、当事者意識を見た場合も共同親権との言葉すら認知されているとは感じてませんので、共同親権が法定されたとしても当事者意識が変わらなければ大きな負担と言うか、混乱になってしまうでしょう。当事者意識が変わるためには、そもそも「共同親権とは何か?」が周知されるまでの年月が必要になってきます。

    さらに、当事者としては、現行の月に一回程度の面会交流を予定していたり、慣れて生活のリズムが出来上がってる場合には大きく変えなければならない事になり、これも少なからずの年月が必要になるのでは無いでしょうか。

    中には本当に親権者として相応しくない人も一定数存在する事は間違い無いでしょう。そのような親を、いかにして認定するのか、そして排除するのか。私の見聞きする範囲の警察行政やDV対策行政に児童相談所の運用が適切に為されているとは、とても思えません。

    共同親権が法定される事に異議を唱えるつもりは有りませんが、共同親権が法定されたからといって、現実として何も変わらないのでは無いかとも考えてしまいます。
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